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2013.02/02(Sat)

2013年元旦 @マレーシア子どもの家

2012年4月より理事をさせていただいております、
てっちんこと青木哲生です。

つい1ヶ月程前の年末年始、マレーシア子どもの家に初めて行ってきましたので
みなさんに2013年最初の子どもの家についてお伝えしたいと思います!

2013年は元旦の朝
安部さんと共に丘の上から初日の出を見ることから始まりました。

CIMG2871_20130202203130.jpg


子どもの家の敷地内にある丘の上から見る朝日は
新たな気持ちで1年を始めるには最高のスタートでした。

1月1日、子どもたちは学校がお休みだったので、
日課であるコンポストのお世話や、育てている魚の餌やりを一緒にしました。

私自身は見よう見まねでついていくだけでしたが、
東京で聞いていたさまざまなことがここで行われているのだなと
興味深く見ていました。


全く初めてだったので、安部さんに
果樹の栽培や魚の養殖の様子について、
子どもの家の敷地内を案内してもらい、

日本ではなかなか感じられない
豊かな自然の大きな恵み、環境の豊かさを
感じることができました。

その後、子どもたちと一緒に遊んで過ごしました。

222012-07-22_20130202203130.jpg


1人用の縄跳びで2人で飛んでみたり、長い縄を使って大縄をしました。

1人の子は大縄でなんと200回程!飛んでいました。
驚きです。
30℃近い中では、まわす方だった安部さんと私は既に汗だくです。

子どもたちはまだまだ元気で、
器械体操?を安部さん指導のもとしたりしていましたが、
クールダウンにみんなで川へ行きました。

初マンディの私はおそるおそる、粘土質の川に入りましたが、
遊びの天才の子どもたちがほうっておくわけがありません。

すぐに水をかけられてびしょ濡れです。

それでも冷たいこともなく、
静かな休日で穏やかな流れの川で
肩車をしてあげたりしながら一緒に遊んでいました。

2012-05-01_20130202203129.jpg


いっぱい遊んだ子どもたちも翌日からは新学期です。
午後にはハウスペアレントのアンディから制服を受け取り、
自分たちの部屋に持っていっていました。



年末年始の数日間の滞在でしたが

子どもたちと遊んだり、
安部さんご家族、アンディをはじめスタッフと話す時間を持てたことで

私の中でマレーシアの子どもの家が
まさに生きていて
より身近に感じることができました。

また、写真で見ていた子どもたちがあっという間に大きくなっていることが
純粋に喜びでした。

この体験をきっかけにして
いただいた幸せな時間に感謝しながら
今後ともCFFと関わっていきたいと思います。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

チャイルドケアサポーター申し込みはこちら
http://www.cffjapan.org/donation/child_care.php#t4

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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20:33  |  CFFマレーシア  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
2012.08/30(Thu)

トゥリマカ通信報告号!バスが子どもの家にやってきました!

通学バスがマレーシア子どもの家にやってきました!!
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みんな喜んでバスに乗って通学しています!

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みなさんこんにちは。
マレーシア第4回キャンプに参加したキムこと、木村万里子と申します。
いつもトゥリマカ通信を読んでいただきありがとうございます。

6月16日から開催された寄付キャンペーンも無事に終わり、この一ヶ月間で約250人の方から1,966,962円ものご寄付をいただきました。
応援団を代表しまして心より感謝申し上げます。


私が初めてマレーシアの地を訪れたのは2008年。
CFFマレーシアが事業を始めた最初の年でした。
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子どもたちのいない土地。
バンブーハウスと1回から3回のキャンプで築いたもの以外は何もなかったあの場所。
「見えない何か」に向かってがむしゃらにワークをしたのを覚えています。

その後私の中のレーシアの土地は、あの時のまま時間が止まっていました。

応援団に入り子どもたちの入所を目指して活動していた時も、
実際に子どもたちが入所してきた時も、
なんとなく実感がわかなくて、私は相変わらず「見えない何か」に向かって活動していました。
2008年のときのまま、私は止まっていました。

でも、今年の寄付キャンペーンは私の止まっていた時間を動かしてくれました。

マレーシア応援団を支えてくださっている仙川キリスト教会という教会があります。そこの教会の日曜日の礼拝に応援団のメンバーで訪れ、寄付キャンペーンの説明をさせていただきました。
「なぜ、私たちがこの活動をしているのか」
そんな想いをシェアする時間があって、応援団の男の子二人が想いを語ってくれました。

二人とも熱い想いが溢れて、泣きながら想いを語りました。
そして、教会の方々もそれを涙を浮かべながら一生懸命聞いてくれました。

「みんなで支えてる」って実感が、どこからか湧いてきました。
こんなにも多くの人がマレーシアの子どもたちに想いを馳せてくれていて、
遠い地で、会ったことはない子どもたちのことを愛してくれている。
こんなにも多くの人に愛される子どもたちのことを、とても愛おしいと思いました。

私も会ったことはないけれど、確かにマレーシアのあの土地で生活を始めた子どもたちのために、今頑張っている。
私達は子ども達の未来を創るために力を注いでいる、そう確信できました。


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一人ではできないことをみんなでやったらできた。
とてもシンプルなことですが今回の寄付キャンペーンでそれを強く感じました。
応援団のメンバー、寄付を下さった方々、支えてくれている方々、メッセージをくれた方々、みんながいなければ今回の結果には結びつきませんでした。

子ども達が、みなさんの想いの詰まった通学バスで学校に通い、未来を思い描き、そして夢に向かって歩いて行くことを、私は願っています。

寄付キャンペーンにご協力いただいたみなさん、本当にありがとうございました。
本当に本当に、みなさんの力が子どもたちの未来を作っています。

みなさんの想いに感謝します。
トゥリマカシー(ありがとう)。

マレーシア応援団青年ボランティア 木村万里子
23:08  |  CFFマレーシア  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
2012.07/24(Tue)

「ともに生きてるよろこび」

 寄付キャンペーン、目標を達成することができました。
終了まであと数日のところで、達成まであと数十万円の残りがあり、正直なところ「これはむずかしい、、」と一瞬頭をよぎったこともありましたが、なんと無事に終了することができました。奇跡のようです。
「多くのみんなが協力して、少しずつでもシェアすれば、むずかしいようなことでも実現できてしまう。」こんなとてもシンプルな事実を、僕たちは、時に忘れてしまったり、「そんなわけない」って心の中で無意識のうちに疑ってしまうものですが、でもこうしてもう一度それを証明することができたみたいです。すごい。

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ホント、今回いったい何人の人がこの活動のために力を合わせたんだろう。

寄付くださった人、それを呼びかけた人、メールの文章を考えた人、住所を整理した人、いろんな知恵を出した人・・、それぞれに自分ができることをやりました。

何回も声をかけられて苦しい思いをした人もいたかな?
寄付したくても、どうしてもできなかった人もいるかもしれません。
でも、そこにあった難しさや心の葛藤をも、この「通学バス」に乗せ、贈りたいと思います。

たくさんの人が出しあったこの160万円余り。それは「通学バス」を買うための160万円というひと塊になりましたが、このお金を出して下さった一人ひとりが、一生けんめい働いたり、節約したり、貯金して、苦心しながらなんとか創ったお金なんだと思います。

160万円、ポンって出していただいて買うバスもいいですが、たくさんの想いや努力、むずかしさや葛藤、そんな丸ごとが詰まったこの「通学バス」。
それが、子どもたちにとってどれほどの価値になるものか、どれほど彼らを力づけるものか、僕には想像できる気がします。



実はこのキャンペーンの終盤の期間、僕の父親が神経の病気で突然に入院し、とても難しい手術を受けていました。僕は、いろんな仕事や活動を放ったらかしにして、ずっと父親と時間をともにしていました。事情あって15年ぶりに両親と暮らし始めた矢先のことです。

介助のために握った父の手は、僕が小さい頃に握った以来の手。

症状の悪化や失明、全身不随、そして死・・、手術前に医師から術後のたくさんの可能性を説明され、普段は無口で無愛想な父親ですが、術前はやっぱり不安そうでした。手術中の時間は、僕らの想定よりずっと長く、待たされる方はどうなったことかと本当に心配で、不安な自分をなだめながら時を過ごしていました。

そして、ついに手術が終わると、父は、呼吸器や各種点滴、その他いろいろを取り付けられ、ベッドに横たわったまま、手術室から運ばれてきました。
先生によると、無事終了、まずは問題ないとのことでした。

父は、麻酔で意識が朦朧とする中、一言「ありがとうね、みんなのおかげです」。それから何回もその言葉だけを繰り返していました。目から涙がこぼれているように見えました。動けずボロボロの姿ではありましたが、生きる歓びというか、支えてくれるすべての人への感謝というか、そういうもので包まれているように見えました。これまで見たことがないようなよろこびで輝いているように見えました。
そして僕も、今まで生きてきてそう何回も感じたことがないようなうれしさ、というか、感謝と安堵で満たされ、しばらくの間、涙がこぼれてくる不思議な感覚でした。

本当に、「生きる」とか「一緒に生きる」ってこういうことなんだなって思います。
生きるってすばらしい。
日々、与え続けていただいている僕らのいのちは、周りのすべてのいのちとつながり、支え合ってる。同じように苦しみを感じることができるし、同じように幸せや歓びを感じることができる。

今回の寄付キャンペーン、僕たちはきっと“一緒に生きたんだ”と思います。

直接活動にかかわったみんなや寄付やメッセージを送ってくれたみんなと、子どもたちやCFFへの想いを分かち合って、一緒に悩んだり、不安になったり。そして、寄付キャンペーンのエンディングイベントでは、パソコン画面の向こうにいたマレーシアの子どもたちやスタッフたちとも目標達成の歓びを分かち合いました。あの時のみんなでの歓喜は一生忘れられません。それはきっと「ともに生きてるよろこび」だったんだと思います。

「ありがとうね、みんなのおかげです」。

父の言葉が、CFFにつながるみんなの姿と重なって、あらためて僕の心の中に染み入ります。


 NPO法人CFFジャパン 渡辺正幸

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19:00  |  CFFマレーシア  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
2012.07/11(Wed)

◇Gingga(ジンガ、日本名ユタカ)18歳を、安部さんよりちょっぴりご紹介◇



彼はおしゃれと日本文化が好きな今時の若者です。

昨年2月からCFFマレーシアで働き始めた当初は朝も起きれず、昼ご飯を食べた後もずっと寝ていて、仕事も何をやらしてもできず

大変な怠け者でしたが、最近は真面目に働くようになり、顔もりりしく、子どもたちにも一目置かれているようです。

今回の原稿では彼の、CFFで働くことの喜びだけでなく、故郷を離れて働くが故に揺れる青年の心が

書かれています。

彼はお母さんのもとに帰ってあげたいけど、故郷に帰れば仕事はなく、もとの堕落した生活に

戻ることを畏れ、今はそれができない、毎日のように電話がかかってくる母親に申し訳ないと泣いていました。

このような辛い思いをしながら若者は次第に自分の人生の意味を考え始め、成長していくのです。

子どもたちでなく、若いスタッフにも自分の将来をしっかり考え、立派に育ってほしいと願ってやみません。



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ジンガの今の想い
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僕はCFFで働けていることをとても嬉しく思っています。

外国の、特に日本の友達が沢山できることや、ここにいる子どもたちが好きだからです。
CFFで、一つの家族となれたことがとても嬉しいのです。

一方、故郷で暮らしている僕の家族…母親、兄、姉を恋しく思う時があります。
時々、故郷が恋しくてたまらなくなり、帰りたいという衝動に駆られて苦しくなります。
母親や兄も、僕に仕事を辞めて故郷に帰って一緒に暮らそうというのです。

でも、故郷に帰るという決心はなかなかつきません。だって、僕はお父さん(安部)と、
ここにいる子どもたちやCFFの人たち、そして、日本にいる友達(出会ったキャンパー達)のことが大好きだからです。

特に子どもたちはいつも幸せそうで、自分もそんな子どもたちといると、
幸せな気持ちになれます。こんなみんなの存在が、僕の、”田舎に帰りたい”という気持ちを忘れさせてくれます。


神様や、日本のみなさんが、CFFマレーシアのこども達の新しいバンを買うために、
長い間一生懸命寄付金を集めてくれていることに、心から感謝しています。

日本のみなさん、子どもたちのために、一緒に頑張ってくださり、
本当にどうもありがとうございます。


みなさんの想いに心から感謝して

Gingga Anak Inen(ジンガ)


——————————————————————————————————————————————————————


Saya sangat gembira bekerja di CFF kerana depat banyak kawan dari Negara luar terutama dari Negara Jepun

Dan juga budak budak yang ada di sini



Saya gembira kerana dapat menjadi satu keluarga di CFF. Tetapi satu masa saya sangat rindu keluarga saya di kampong.

Rindu dengan Mama,abang dan kakak.



Saya satu masa macam saya rasa mahu betul balik kampong tetapi sangat susah. Mama dan abang pun suruh saya supaya

Berhenti kerja dan tinggal bersama-sama mereka di kampong, tetapi saya sangat susah buat keputusan sebab saya sangat mengasihi Otosan(Abe)

Kanak-kanak, semua yang berada di CFF dan juga kawan-kawan di Jupen semua.



Semua itu boleh saya lupakan kerana budak-budak selalu happy-happy dan saya pun ikut gembira bersama mereka.

Dan saya sangat bersyukur kepada tuhan dan kawan-kawan di Jupen kerana sanggup kumpul duit derma lama-lama

Dan simpan sudah itu kepada CFF malaysia untuk beli van baru untuk kanak-kanak

terima kasih untuk kerjasama kawan-kawan di Jupen yang bekerja keras untuk kanak-kanak.



Saya sangat gembira atas semuanya sekian terima kasih.



Gingga Anak Inen

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左からみちか、ミッチェル、ジンガです。

photo (1)
子どもにもとても慕われています

photo (2)
ジンがはコンポストの担当で今は政府関係者などの研修もインストラクターとして教えることができるようになりました!
15:03  |  CFFマレーシア  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
2012.07/04(Wed)

子どもの日常から ー子どもたちの夢ー

 今日は土曜日。子どもたちは学校が休みです。
「あれ?今日はなんて静かなんだろう。。。」と思っていると
案の定、パパール町の教会の牧師に連れられてコタキナバルまで聖歌隊の練習に出かけていました。

CFFマレーシア内だけでなく新しい学校や地域にも受け入れられて、
どこでもいじめを受けることなく元気いっぱいな彼ら。
入所して半年が経ちましたが、この間身長も伸びて、
入所当時に比べると生活が随分落ち着いてきたように感じています。

先の春キャンプではたくさんの日本人青年との出会いもありました。
真剣にワークし、語り合っているお兄さんやお姉さんを見て彼らの世界はどんなにか広げられたことでしょう。
故郷や実の両親から離れてきっと寂しい思いをしているに違いはないのですが
その境遇に負けることなく、たくさんの人の愛を受けて、人を信じ、強く生きる力を身につけ育ってほしいと、
一緒に生活する中で強く思わされています。

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確実に身体も心も成長している彼ら。それぞれにとても個性的です。
ある日の食卓で、3人の子どもと将来の夢の話で盛り上がりました。

子ども1;日本の大学に行きたいんだ。
私;へー、なんで?何を勉強するの?メカニック?
子ども1;うーん、よくわからないけど日本語かなあ。。。
子ども2;僕はお父さんが中国人だから、中国の大学に行きたいんだ。
子ども3;僕はKL(クアラルンプール)の大学。
私;へーそうなんだあ。それから何になりたいの?
子ども1;救急車の運転手。
私;ドライブするだけでなく患者さんの応急処置もするんでしょ。大事なお仕事だよね。
子ども2;かっこいい警察官。
私;いいねえ。喧嘩していたら止めるのでしょ?
子ども3;マディン牧師みたいな牧師になりたい。
私;マディン牧師が大好きなんだね。アンティ(私)も尊敬してる。

もちろん未熟で漠然とした夢の話なのですが、
この3人の子どもは、多くの立派な大学生のお兄さんお姉さんが来てくれているからか
大学に進学したいと言い、
そして明らかに自分の身近な大人の職業を夢見ていることがわかります。
これからどのようにここマレーシアで成長していくのでしょうか。
きっと様々な大人の背中を見て育っていくと思うと、彼らの一番近くにいる私たちの責任は重いです。

子どもの夢を語る可愛らしい活き活きとした表情を見ながら
一方で、数日前に学校からいただいた成績が頭をよぎり
「はい!ごちそうさまをしたら、片づけして、9時まで勉強しよう!」
子どもたち;「えーーーーーーーーっ」と一気に会話が現実的になっておわりました。
彼らの成績を見ると、それぞれに得意な教科もなさそうなのでどうしたものか,とスタッフで知恵を絞っています。
しかしながら、彼らの夢に常に耳を傾けることを忘れず、
それを励みとして共に生きて行きたい、と思うのです。

CFFマレーシア日常の1ページでした。

安部かおり

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